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「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山 雨がふる」(鈴鹿馬子唄」で知られる「土山宿」に行ってきました。
鈴鹿峠には旅の往来の安全を祈願し江戸中期に建立された「万人講常夜燈(高さ5m・重量38t)」と称する石灯籠が現存しています。
そこで地域の人達は土山が宿場町であったことをシンボル化し、日本一のモニュメントを造ろうと考え、その心を平成に生かさんと完成したのが国道1号線沿いにあるご覧の「平成万人灯」 (高さ9.33m 重量156.8t 平成3年建立)です。
これは自然石として日本一の大きさで夜間には火袋に明りが燈され、またライトアップして昼夜をとわず往来する人々の目を楽しましています。(平成万人灯解説より)
写真により万人灯の大きさがご覧頂けると思います。
中山道の守山宿に行ってきました、ここは「京発ち守山泊り」とよばれるように、京都から中山道を経て江戸へ向う旅人は、距離的にも守山に宿泊することが多い事から、当時は守山宿を中心に吉身村(江戸側)と今宿村(京都側)に加宿が存在していたようです。
この守山宿の中ほどに写真のような「右中山道并美濃路」道標{延享元年(1744年)建立}や野洲町行畑にある蓮照寺の境内にある道標{享保4年(1719年)建立}には「右中山道」と刻まれている、ここで注目したいのは、「中山道」の「山」の表示である、草津の追分道標に見られるようにかつての道標や古文書には「中仙道」と記されていたようです。
これは、中山道の「山」は、享保元年(1716年)に新井白石の進言により「仙」から「山」に改められたことから、それ以前の道標は「中仙道」と刻まれていたようです、そこでこれらの道標を見て時代の移り変わりに大変興味を持ちました。 ※写真右は草津宿の追分道標
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